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 サン・ジャックへの道(原題:Saint Jacques...La Mecque)。

 フランスのル・ピュイからスペインの聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラ(サン・ジャック)まで1,500Kmの巡礼路を9人の登場人物が一緒に歩く。歩き続けた先に彼らは何を見つけたのか。靴のかかとが減った分、幸せになれるのだろうか。

 本国では2005年公開。物語は、ヨーロッパの現在の縮図であると共に、そこに生きる人たちのための寓話。

女はみんな生きている
 監督は「赤ちゃんに乾杯!」(1985)「女はみんな生きている」(2001)のコリーヌ・セロー。1947年、パリ生まれのフランス人女性監督。

 小さな旅でも、普段とは違う自分を発見するし、同伴者がいれば、違う一面を見ることもある。旅がもたらす非日常的な感覚。喧嘩をするのか、もっと仲良くなるのか、いずれにしろ、旅に出る前のままの自分ではいられない。

 まして物語の主人公たちは、宗教、人種、世代もさまざまに異なり、皆、深刻な問題を抱えている。歩き始めた頃は、自分勝手な行動で、問題も直視できず、自己肯定の言い訳ばかりだ。諍い、助け合い、歩き続ける中で、やがて彼らは自らの問題に立ち向かうことになる。

 2007年3月10日(土)よりシネスイッチ銀座にて公開中。その後も全国各地で順次公開。公式ホームページではプレゼント、イベント情報掲載中。




 交流もなく、別々に暮らしている三人兄弟に手紙が届く。

 そこには母の訃報と共に、遺産相続の条件が書かれていた。「スペインの聖地サンティアゴまで巡礼路を一緒に歩くこと」。

 会社経営の兄ピエールはストレスに押しつぶされそうな多忙な日々を送っている。家庭も省みない。相手をされない不満からか、妻はアルコール依存症で、入退院をくり返している。

 高校の国語教師のクララは失業中の夫を抱え、経済的な問題で苛立っている。仕事にもつかず、一文無しの弟クロードは家族に愛想をつかされて、酒浸りの日々だ。遺産を手にしたい三人は、渋々、巡礼ツアーに参加する。

 出発の日、集合場所に行くと、ベテラン・ガイドのギイが待っていた。次々と参加者がやってくる。

 卒業旅行のつもりで気楽に参加したのは女子高校生のエルザとカミーユ。

 片思いのカミーユを追って参加したアラブ系移民の少年サイッドは、メッカに行けると、従兄弟のラムジィをだまして連れてきた。
 一人で参加した女性マチルダはいつもスカーフを頭に巻いている。そんな9人の男女が旅の一歩を踏み出した。




 旅の目的は遺産の山分けだけ。信仰も関係ない。仲の悪い三兄弟は初日から罵り合っている。キリスト教の聖地に向かうのに、何でイスラム教徒が一緒なのか。苛立ちの中でピエールは差別的な言葉を発する。

 何の荷物も持たずやってきた無神経なクロード。他人の水も飲んでしまい、ひんしゅくをかう。無神論者のクララは、そんなことだから家族もそっぽを向いたと嘲っている。

 何故、一人で参加したのか、まだ誰もしらない。いつも距離をおいて歩いているマチルドは三人に眉をひそめている。そんな時、「お母さんを亡くしたばかりなんだよ。許してあげて」と声をかけるのはラムジィだけだ。

 一日、7〜8時間も歩き続けないと予定がこなせない。こんなことになると思わなかったので不必要なものでリュックは満杯だ。重さに耐えかねたピエールは見境なく、常用の薬共々、荷物を棄ててしまう。

 ピエールは会社が気になって仕方ない。あの債権は、決算書は...と携帯電話で頻繁に連絡している。

 入院中の妻も気がかりで、病院に電話する。妻は「死にたいの」といって電話を切った。ピエールは、その場に座って、ただその時をやり過ごす以外なかった。

 何日かが経過し、最初に、もう旅は続けられないと悲鳴をあげたのはピエールだった。

 それを聞いて、病気の子供を家に残し、生活のためガイドをしているギイも怒りを爆発させた。「誰もかれも自分のことばかり考えている」「せっかくの綺麗な景色も見てやしない」「家に帰りたいのは俺の方だよ」と....。

 二人は坂の途中に座り、話し込んでいる。家に残した妻は他の男とよろしくやっているとギイはいたたまれない胸の内を明かす。ピエールもアルコール依存症の妻を残してきた辛さをぶちまける。他の参加者は、そんな二人をただ遠くから見ているだけだった。




 物語の隠れた重要人物はメッカに行けると思いこんでいる少年ラムジィだ。失読症の彼は文字が読めない。この旅で、病を治し、母親に喜んでもらおうと思っている。

 クララが国語教師だと知り、彼女から文字を習おうとする。失読症が簡単に直らないのを知っているクララは取り合おうとしない。仕方なく、カミーユが文字を教え始める。

 それでも、カミーユの間違った教え方が心配なクララ。照れくささもあり、他の誰にも知られないように、隠れて文字を教え始める。

 休憩時間になると、二人は、他の参加者から離れて、学習を続ける。
 ある日、クララはラムジィに「希望」という言葉を語り、それを文字として書き教えた。

 文字は、それまで曖昧だった概念に形を与える。生まれて初めて「希望」という文字を目にしたラムジィ。クララの手助けで、ラムジィが「希望」という概念を明確に手にした瞬間だった。

 疲れ果て、ベッドで眠っているラムジィは、ある晩、夢を見る。草原に一人で立っているラムジィ。向こうから「A」という巨大な文字が歩いてくる。やがて「A 」はラムジィに上に倒れ込み、「A」の中でラムジィは溺れてしまう。

 この物語では、それぞれの登場人物が見る夢がスクリーン上に映像化される。それによって、登場人物の隠された問題がおぼろげながらに明かされる。
 そして、映像として再現された夢は、登場人物たちがやがて手にする、ささやかな救済の予兆であるかのように、どこか寓話的で、美しく表現されている。

 


 経済のグローバル化を受け、産業資本は自由に国境を越えている。インターネットの普及で情報も軽々と国境を越えていく。ヨーロッパでは、もう国家が恣意的に設けた国境は意味を失った。

 第二次世界大戦による荒廃と冷戦下の緊張を経験したヨーロッパは、理想としてEUへの統合を掲げ、実現しつつある。EUの実現に向けて、社会と個人のあらゆる領域における統合が行われた。

 通貨の統一、関税の廃止などは、経済の効率化を目的とする社会の現象面での統合だ。もっと切実な問題もあった。何と彼らはコンドームのサイズの標準化も行っている。
 建前としての社会の上半身から本音としての個人の下半身に属する問題まで、EUはその理想に向けて壮大な実験を行っている。

 一方で、EU各国は、経済の地域格差、政策として受け入れた移民問題、旧態依然たる民族意識と分離主義の台頭などに揺さぶられている。英国とスペインはテロの脅威にさらされ、フランスとドイツは暴動の再燃に怯えている。

 宗教、人種、世代もさまざまに異なる背景を持ちながら、諍い、助け合い、歩き続ける登場人物たち。

 身体を自然に晒し、疲れ果て、歩く9人の登場人物を通して表現されるのは、2005年、現在のヨーロッパの縮図だ。





 メッカに向かっていないのに薄々、気づいていたラムジィに、ある日、サイッドが目的地はサンティアゴだと告げる。サンティアゴは、かつてキリスト教徒がイスラム教徒を駆逐する過程で大虐殺があった場所だった。

 その時、ラムジィが語る言葉の中に、希望の萌芽を見つけられる。「信じるってことは、キリスト教徒でもイスラム教徒でも同じだよ」....。

 最初に目指していたのはメッカだった。実際に行き着ける先は、キリスト教の聖地のサンティアゴ。この転換の中に、現在を取り巻く問題解決の糸口が隠されている。

 ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教は、歴史的な起源において極めて近しい関係にある。その意味では、パレスチナで、象徴のように顕在化している紛争は、近親憎悪に近いものだ。

 ラムジィが気がつき、語ったように、本来、「信じる」ことの構造は、似通っている。しかし、ここからが大きな問題だ。
 「信じる」ことの構造が似通っているにも関わらず、「信じる」という行為は、他者の「信じる」という行為を徹底的に排除してしまう。

 現実は困難を極めているが、この物語の登場人物たちはすでに解決の方法を知っている。それは、本来、似通っている「信じる」ことの構造をお互いに尊重することだ。




 その日の宿は、ある修道院だった。ところがギイの前に現れた修道士は、宴曲に、ラムジィたちイスラム教徒は泊められないと答える。

 突然、激怒するピエール。修道士に、「僕たちは家族なんだ」「家族だから一緒に泊まるんだ」と啖呵を切り、ポケットマネーで全員をパラドールに泊めるといいだす。

 もう全員、大喜びだ。子供のようにはしゃいで柔らかなベッドにダイブし、久し振りのシャワーで汚れを落とし、浴槽に全身を浸かって疲れを癒す。

 同じ部屋でベッドを並べて眠るピエールとクララ。なかなか寝付けない。背を向けて横になっていても、気になるのは、お互いの存在だった。もうピエールは棄ててしまった薬のことも忘れていた。

 マチルドはクララの言葉を思い出していた。ピエールは何の薬を飲んでいるの。クララが「人生に耐えるための薬」だと語ったのを...。

 ある時、マチルダのスカーフの秘密を知ったギイ。ガイド役の責任から一時、解放されたのだろうか。その夜、彼はマチルダの部屋を訪ねる。

 ※パラドール
・かつての宮殿や城、修道院などを宿泊施設として蘇らせたスペイン独自の国営ホテル。歴史や文化に触れながら滞在できるのが魅力。1499年に巡礼救護施設として建てられたサンティアゴのパラドールは、現在5星のホテル。美しい建築と最高級のサービスが大人気だ。






 ピレネー山脈を越え、フランスからスペインへと入る。残りは、約800kmとなっていた。9人はいつしか互いをひとつの家族のように感じ始めていた。

 草原の中をまっすぐ続く一本道では言葉を交わしながら、急勾配の坂では助け合い、悪天候でも彼らはひたすら歩く。

 誰もが歩き続けなければならない人生のように長く起伏に富んだ厳しい道のり。すでに彼らは、出発点からは距離的にも精神的にも遙かに遠い地平に立っていた。

 サンティアゴに着くと、ローマ教皇の行幸を記念して建立された巨大な記念碑があった。その上に昇ったラムジィは「アッラーフ・アクバル」「アラーは偉大なり」と叫んでいた。もう、ラムジィはどうでもよかったに違いない。自分だけのメッカにたどり着いたのだから。

 こうして旅を終えた9人はそれぞれの日常生活に戻っていった。もうかつての9人ではない。あるものは家族を再発見し、新しい家族を見つけ、人生の同伴者としてお互いに寄り添っていた。

 国境を越えることで、国境は意味を失っていった。「信じる」ことの構造を理解し合うことで、「信じる」ことが内包する排他性を無化していった。そして、目の前に佇んでいるのは、これからも一緒に歩き続ける友人であり、家族だった。


監督・脚本:コリーヌ・セロー
キャスト:ミュリエル・ロバン、アルチュス・ド・パンゲルン、ジャン=ピエール・ダルッサン、パスカル・レジティミュス、マリー・ビュネル、マリー・クレメール、フロール・ヴァニエ=モロー、ニコラ・カザレ、エメン・サイディほか
2005年/フランス/108分/35mm/ヴィスタ/ドルビーSRD&DTS/カラー/フランス語
配給・宣伝:クレストインターナショナル
公式ホームページ
公式ブログ

2007.03.21掲載
ママの遺したラブソング(A Love Song For Bobby Long)
恋愛睡眠のすすめ(The Science of Sleep)
movie






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