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 ボルベール<帰郷>(原題:VOLVER)。

 ドン・キホーテの故郷、スペイン、ラ・マンチャを舞台に、タンゴの名曲「VOLVER(帰郷)」にのせて贈る逞しくも、哀しい女たちの人生模様。

  監督は「オール・アバウト・マイ・マザー」でアカデミー賞最優秀外国語映画賞、「トーク・トゥ・ハー」で同賞最優秀脚本賞を受賞したペドロ・アルモドバル。

 主演は、本作で第79回アカデミー賞主演女優賞ノミネートを果たしたペネロペ・クルス。故郷の地、スペインに戻り、再び、アルモドバル監督とのコラボレーションで妖しくも美しく、はつらつとした演技をみせている。
 出演した6人の女優は、全員がカンヌ国際映画祭最優秀女優賞を獲得するという快挙を成し遂げている。

 ここでも男たちはすぐに死んで、消えてしまう。いつも逞しく生き残るのは、秘密を抱えた女たち。前作「オール・アバウト・マイ・マザー」の姉妹作ともいえる作品。

 2007年6月30日(土)TOHOシネマズ 六本木ヒルズ、有楽座、シネフロントほか全国ロードショー。




 ライムンダ(ペネロペ・クルス)は失業中の夫と娘パウラ(ヨアンナ・コバ)を抱えながら逞しく生きている。

 深い悲しみをたたえ、出会ったもの全てを射すくめてしまうような瞳、しっとりと濡れているような黒髪、そして女性性を自己主張している豊かな胸。その艶やかな美しさはスペインの風景の原色の一部ともなって際だっている。

 何故だろうか。ライムンダはいつも苛立っている。やがて明らかとなっていくが彼女には、和解できないまま死んでしまった母親の存在が、その脳裏から離れないでいた。

 思春期を迎えたパウラも美しい娘へと成長した。ある日、事件が起きる。失業中の夫は「本当の親じゃないから」と、パウラに関係を迫ってきた。叫び声をあげながら部屋中を逃げ回るパウラ。帰宅したライムンダは、娘を守るため、夫を刺し殺してしまう。

 真っ赤な血がべっとりとついた包丁を見つめるライムンダ。はっと我に返った彼女は娘をしっかりと抱きしめていた。

 この物語でもいくつもの「死」が描かれている。そして、「男」は彼女たちにとって、無用の長物のように、すぐに姿を消してしまう。

 夫の死体の処理に困ったライムンダは、娘と共に、休業中の隣のレストランの冷蔵庫に死体を隠した。




 その日の夜、長く病を患っていた叔母が故郷のラ・マンチャで息を引き取ったと連絡を受ける。冷蔵庫の死体をそのままにして葬儀には行けない。ライムンダは姉のソーレ(ロラ・ドゥエニャス)に叔母の葬儀を任せ、街に残る決断をした。

 ソーレがラ・マンチャに戻ると、近所の人たちが母親のレイネ(カルメン・マウラ)の幽霊を見たといううわさ話をしている。古くからの隣人のアグスティナも「ラ・マンチャでは幽霊がよく現れる」と不思議ななことを語り始める。

 葬儀が終わり、ソーレが帰宅すると、車のトランクに大きな荷物が載せられていた。そんな荷物を載せた覚えはない。ソーレが訝しがっていると、母親のレイネが現れた。「幽霊なの」「それとも本当のお母さんなの」。

 自宅の火事で父親もろとも焼死したと思われていた母親が生きていた。ひとり生き残り、隣人のアグスティナの看病をしていたのだ。これでアグスティナの語った言葉の謎が解けた。

 突然の母親との再会に戸惑いながら、ソーレは母親と一緒に暮らし始める。ソーレは自宅で美容師をしている。人の出入りも多い。母親の存在を隠し通せなくなったソーレは、母親をロシアから出稼ぎにきた女性にすることにして店の手伝いをさせる。

 家族で最初にそれに気がついたのはパウラだった。おばあちゃんなんの。レイネは、ソーレとパウラに、現れたことをライムンダにはいわないで欲しいと諭す。彼女との確執がまだ気になっていたのだ。

 そんなある日、ライムンダはソーレの自宅にやってきた。どこか挙動がおかしいソーレとパウラ。寝室に入るライムンダ。懐かしい母親の匂いを感じる。レイネがおならをしたのだ。




 ライムンダは、冷蔵庫の中に隠した夫の死体の処理に頭を悩ませている。近くで映画のロケーションをしていたスタッフが休業中のレストランを訪ねてくる。スタッフに食事を出して欲しいという。面倒なことになった。誰も冷蔵庫には近づけさせないライムンダ。

 彼女は友人の主婦と共に、臨時のレストランを開業する。地元の食材をふんだんに使った手料理の美味しさに歓声を上げるスタッフたち。やがて映画の撮影も終わり、そのレストランで打ち上げパーティーが開かれる。その頃には、スタッフの誰もが、ライムンダの美しさの虜になっていた。撮影終了の開放感と祭りの後の虚脱感がない交ぜとなって盛り上がる歌と踊りの宴。

 歌手になる夢をもち、オーディションにも参加したこともあるライムンダは、スタッフに促されて自慢ののどを披露する。歌うのは名曲「VOLVER(帰郷)」。

 彼方に見える 死のまたたきが
 遙かなる故郷に 私を導く

 再び出会うことへの恐れ
 忘れたはずの過去が蘇り
 私の人生と対峙する

 (略)
 しわのよった顔、
 歳月が積もり 銀色に光る眉

 感傷....

 人の命は つかの間の花
 20年は ほんの一瞬

 熱をおびた目で
 影の中をさまよい お前を捜す

 人生....

 甘美に思い出に すがりつき
 再び涙にむせぶ

 レストランの前にとまった一台の車。そこにはライムンダの歌声を聴く母親の姿があった。二人の間には何があったのか。確執の原因は何か。

 それもやがて明らかとなる。ライムンダの前に現れた母親との和解の抱擁。ライムンダが夫を刺し殺した遠因にもなった忌まわしい過去の記憶。全てをうち明けた二人は、冷蔵庫の死体を棄てるためにパウラとソーレを伴って車に乗り込んだ。

 映画は一時のファンタジー。善悪を越えた殺人。「男たち」を殺す。不幸の連鎖を断ち切るためのやむにやまれぬ必然があった。




 本作を完成させたアルモドバルは語っている。

「この映画を通して、私は人生のパズルに"死"というピースをはめることに成功した」「今まで、その一片をあるべき場所に置けなかったことで、私の人生にはずっと大きな痛みと不安がつきまとっていた。この映画を通して、私は必要な弔いの時期を過ごしたように感じている。心の中の空洞は埋められ、自分の青春期などの、とうに別れを告げるべきだった何かに別れを告げることができのだ」
「死者は決して消滅しない。私はいつも、近所のひとたちが、故人のことをごく自然に語り、思い出を深め、墓参りを欠かさないことに対して、尊敬と希望の気持ちを持っている」

 また、芸術家として、一人の人間として、「自分や愛する人たちの死だけでなく、すべての"死"を受け入れることができず、近年、生きることも辛かった」とも語っている。

 彼が拘りをみせる、彼にとっての「死」が何ものなのかは、全ては明らかにならないだろう。

 ただいえることは、包丁にべっとりとついた真っ赤な血の色。それは不幸の連鎖を断ち切るために捧げられた死者の血であると共に、ライムンダの身体に流れる女性性と生の象徴としての血の色だ。

 生のすぐ隣にある死。それは対立し、お互いに忌避し合うものではなく、アルモドバルにとっては親しい隣人のようなものかもしれない。そこには原色がよく似合い、ヨーロッパの辺境であったが故に、未来への希望も内包するペインの土着性と、ゲイとして性を越え、「人」として孤立し、「人」を求めざるを得ない彼の出自があるように思える。

オール・アバウト・マイ・マザー
監督・脚本:ペドロ・アルモドバル
キャスト:リー・スックイン、ポール・ドーソン、PJ・デボーイ、リンゼイ・ビーミッシュ、ラファエル・バーカー、ジェイ・ブラナン、ピーター・スティクルス、ジャスティン・ボンドほか
2006年/スペイン
配給:ギャガ・コミュニケーションズ Powered by ヒューマックスシネマ
公式ホームページ (日本語)

(C) 2006 Safeword Productions LLC
2007.07.18掲載
リトル・チルドレン(Little Children)
ショートバス(Short bus)
movie





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