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 マンデラの名もなき看守(原題:GOODBYE BAFANA)。

 ネルソン・マンデラ。アパルトヘイトを崩壊へと追い込んだ南アフリカ共和国の初代大統領。2008年、生誕90年を迎える。マンデラが初めて自身の人生の映画化を許した作品。

 ジェームズ・グレゴリー(ジョセフ・ファインズ)は政治犯収容施設として悪名高いロベン島に看守として赴任してきた。

 待っていたのは国家公安局のジョルダン少佐。テロリスト、反政府運動の首謀者として恐れられているネルソン・マンデラ(デニス・ヘイスバート)の担当に抜擢される。

 マンデラの生まれ故郷の近くで育ったグレゴリーが彼らの言葉であるコーサ語が話せるからだった。マンデラたちの会話を聞き、手紙を検問し、反政府運動、テロの兆候を国家公安局へ報告するスパイ活動が仕事だった。

 妻のグロリア(ダイアン・クルーガー)もアパルトヘイトを信奉している。幼い子供が黒人達が何故、ここに収容されているのか聞くと、「それは神さまが決めたこと」と平然といい放つ。
 看守として出世の機会も望めなかった夫がマンデラの担当になった。グロリアも異例の出世を喜んでいる。まさかこれが、マンデラとの数十年のも及ぶ長い付き合いの始まりとなり、やがて実現するアパルトヘイト崩壊に寄与するとは思いもしなかった。

 監督は「ペレ」「愛の風景」でカンヌ国際映画祭パルムドールに2度輝いた名匠ビレ・アウグスト。
 グレゴリーを演じるのは「恋におちたシェイクスピア」で高く評価されたジョセフ・ファインズ。コーサ語を流暢に話す役柄を演じるため、約2ヶ月をかけてマスターした。
 マンデラを演じるのは、大ヒットTVシリーズ「24 TWENTY FOUR」のデニス・ヘイスバート。マンデラの全ての演説を繰り返し聴き、彼のクセやアクセントなどを習得すると共に、内面から溢れ出るカリスマ性に近づくべく努力を重ねた。
 グレゴリーの妻、グロリアは、「ナショナル・トレジャー」シリーズのダイアン・クルーガー。夫がマンデラに心酔していくことに反発と不安を抱きながら、最後には夫の最大の理解者となる心情を見事に演じている。

  2008年5月17日、シネカノン有楽町1丁目・シネマGAGA!他全国順次ロードショー公開。




 グレゴリーはマンデラの担当となり、出世の機会を得て、はりきっている。妻のグロリアは美容師の資格を生かし、上司の妻たちに取り入ろうと必死だ。黒人たちを下等な人間と見なし、彼らの反体制運動から家族を守るためにはアパルトヘイト政策は当然だと考えている。

 オフィスから見える刑務所の中庭で黒人たちが大きな岩を細かく砕く懲罰を受けている。人間の尊厳を破壊するために、無意味な作業を続けさせるのは常套手段だ。グレゴリーのデスクには彼らに届いた手紙の束。それをカミソリの刃で注意深く開け、検閲する。手紙は半年に一通だけ、政治的な内容が書かれている部分はカミソリで切り取っていく。彼らに手渡された手紙は、穴だらけで、まともに読むこともできない。

 精神を破壊する数々の懲罰、繰り返される理不尽な暴力、人が食べるものとはいえない劣悪な食事。そんな苛酷な環境の中でも、マンデラは、まるで自分の家で暮らしているかのようにいつも平然としている。彼をそこまでさせるものは何なのか。初めて会った時から、グレゴリーはマンデラに特別な印象を抱いていた。

 グレゴリーを抜擢した国家公安局のジョルダン少佐。彼の策略が実現する機会がようやくやってきた。半年ぶりにマンデラ夫人が面会に来たのだ。
 面会はガラス越し、会話は受話器を通して許可される。グレゴリーも聴いている。家族の近況を報告する会話は英語。彼らは突然、コーサ語で話し始める。内容はグレゴリーに筒抜けとなる。マンデラは妻に武装闘争の指示をしていた。

 グレゴリーがジョルダン少佐に会話内容を報告すると、すぐに当局はマンデラ夫人逮捕する。グレゴリーを慰労するためロベン島にやってきたジョルダン少佐はマンデラ夫人逮捕の新聞記事をマンデラの独房に置くよう指示をした。それを読んだマンデラは「規則では新聞を読めないことになっている」と平然とグレゴリーに答えた。




 グレゴリーの報告にはマンデラの長男が車の免許をとったとの内容も含まれていた。それが更に大きな出来事の引き金となる。何日かすると、長男が自動車事故で死亡したとの連絡が届く。
 どのような苛酷な扱いにも毅然としていたマンデラはグレゴリーの前で初めて心を乱した。ここまでやらなければならないのか。当局の暗殺を疑って胸を痛めるグレゴリー。息子を持つ父としてマンデラに深く同情し、コーサ語で心からのお悔やみを伝える。

 グレゴリーはコーサ語を理解できる。これは決してマンデラに知られてはいけないことだった。そんなグレゴリーの態度を受け、二人の心は近付いていく。
 それでも、ことはそう簡単ではない。獄中から政治闘争を指示するマンデラには、この男は使えるとの思惑もあったろう。二人はそんな緊迫感溢れる関係を続ける中で、お互いに真の理解者となっていく。

 アパルトヘイト政策の中で、マンデラは共産主義を信奉する危険なテロリストだと教えられてきた。当時の西側世界では反共は錦の御旗だった。
 目の前にいるマンデラ。とても危険人物には思えない。教え込まれた白人の常識にグレゴリーは疑問を抱き始める。

 ある日、マンデラはグレゴリーに「人種を超えて平和に暮らせる世界」を目指していると耳打ちする。テロや暴動が頻発している祖国の現状。マンデラの思想や行動は正しいのではないか。グレゴリーは危険を冒して禁制品である「自由憲章」を手に入れ、人目を忍んで読み始めた。そこには人種の壁を超え、自由で民主的な社会を構築するための指針が書かれていた。

 スパイ活動の功績を認められ、グレゴリーは准尉へ昇進する。将来への希望が開けたと喜ぶグロリア。共に喜びながら、グレゴリーはマンデラの気高い思想に傾倒していく自分を偽れなくなっていた。
 再び、グレゴリーを震撼させる事件が起こる。明日には釈放されるという囚人に葉書が届く。グレゴリーが葉書を手にとると、中央部が不自然に盛り上がっている。カミソリで葉書を慎重に剥がしていくとコーサ語のメモが隠されていた。グレゴリーはジョルダン少佐の指示通りメモ書き渡すと、間髪をおかず、国防軍がメモに記されたアジトを襲撃、出所したばかりの男は殺害されてしまう。

 忠実に仕事をすると、マンデラ周辺の人たちが次々と死んでいく。そんな策動に深く加担しているのではないか。グレゴリーの心は引き裂かれていく。
 自分の報告が黒人たちの命を奪っているのではないかという罪悪感。マンデラの人間性と思想を知りたいという思い。そして、妻と子供によい暮らしをさせたいと願う家族への愛情。もうグレゴリーにはわかっていた。気高く勇気溢れるマンデラの魂に触れた今、汚れた現実に従うことはできないと。

 1975年のクリスマス。2年ぶりにマンデラの妻が面会にやってくる。マンデラは妻にチョコレートの贈り物を渡したいとグレゴリーに頼む。グレゴリーにはチョコレートが何らかの通信手段に利用されるとわかっていたに違いない。それでも、グレゴリーはマンデラの願いを叶えた。当局は見抜いていた。新聞に大きく取り上げられ、グレゴリーは黒人びいきと罵られ、一家は島で孤立する。

 仕事が終わり、バーで飲んでいても、誰もグレゴリーに話しかけない。妻を口汚く罵られ、殴り合いとなる。家に戻ればグロリアは、誰も髪を直しにやってこないと泣いている。もうこの島にはいられない。

 グレゴリーは転属を希望するが、当局はコーサ語のわかる彼を徹底的に利用するため却下する。遂にグレゴリーは辞表を書き、辞職すると一方的に宣言する。ジョルダン少佐は、島を去るのは認めるが、転属先でもマンデラの手紙を検閲するという妥協案を提示した。そして、一家は島を去った。




 1982年、グレゴリーの息子は父と同じ看守を務めながら、通新制大学に通っている。「すべての子供に教育を」というマンデラの主張を、貧しい階層のため大学に通うなど不可能だった看守の息子が体現したのだ。何事もない穏やかな日々が続いていた。
 ある日、街中でグレゴリーはジョルダン少佐に呼び止められる。マンデラを監視が緩やかなポールスムーア刑務所に移すので、再び、マンデラの担当を勤めて欲しいというのだ。

 南アフリカを取り巻く世界の状況も大きく変化していた。マンデラの長期投獄に反対する各国は釈放を求めて経済制裁を始めていた。このままでは国家として存立できないかもしれない。政府は少しずつマンデラへの対応を変化させた。それに伴いグレゴリーの役割も変化していく。政府は彼をマンデラとの仲介者と考え始めていた。

 投獄前に大学を卒業し、弁護士資格をもっていたマンデラ。法律家を目指していたグレゴリーの息子は司法試験に合格する。彼は「マンデラから教えてもらった商法が試験に出たよ」と父親に嬉しそうに語った。

 政府は更に監視が緩やかな施設にマンデラを移す。そこは葡萄園の中にある、まるでホテルのような施設だった。グレゴリーの家族には子供部屋もある大きな家が提供される。グロリアも子供たちも素直に喜んでいるが、グレゴリーの気持ちは沈んでいた。

 ある日、思い切ってグレゴリーはマンデラに聞く。「私の報告が原因で息子さんやあなたの仲間を殺してしまった」と。マンデラは答える。「君の報告の前に当局は全てを知っていたのだよ」「君は与えられた仕事をしただけだ」。
 施設の外では対立が激化しており、「黒人びいきの子供は殺す」とグロリアには脅迫電話もかかってくる。それでもグロリアは「傍観者にはなりたくない。歴史のひとこまになりたい」と語るグレゴリーを理解し始めていた。

 マンデラには家族との自由な面会が許された。グレゴリーが家族の待つ部屋にマンデラを連れて行くと、彼はグレゴリーに、「妻に触れるのは20年ぶりだ」と語る。二人が抱き合うのを見たグレゴリーは無言で部屋をあとにした。

 やがて1989年9月に大統領に就任したデクラークは政策転換を表明し、改革を進展させる。1990年2月にはANC(アフリカ民族会議)などを合法化、1990年2月11日、27年間にも及ぶ投獄生活からネルソン・マンデラはに釈放される。
 それに続いてデクラーク大統領は国会演説でアパルトヘイト政策の廃止を宣言し、6月には人種登録法、原住民土地法、集団地域法が廃止され、アパルトヘイト政策は正式に廃止された。
 1994年4月南アフリカ史上初の全人種参加選挙が実施され、ANC(アフリカ民族会議)勝利し、マンデラは大統領に就任した。




 原題のGOODBYE BAFANAにあるBAFANAとはグレゴリーが少年時代、友情を育んだ黒人少年の名前だ。グレゴリーとの別れの日、少年は「これを持っていればどんな災難からも守ってくれる」とお守りをくれた。グレゴリーは、そのお守りを危険を冒して手にした自由憲章と共に、いつも肌身離さずもっていた。
 
自由への長い道―ネルソン・マンデラ自伝()・()
 「生まれつき他者を憎む者などいない。人は憎しみを学ぶのだ」。マンデラ釈放の日、グレゴリーは、そのお守りを握りしめ、マンデラと別れの握手をする。「さようなら、バファナ」と言葉を心の中で語りながら。

 その後の南アフリカとマンデラの動向はよく知られている。1984年にノーベル平和賞を受賞したデズモンド・ムピロ・ツツ大司教の元、アパルトヘイト時代に黒人が受けた人権侵害等を調査する真実和解委員会が結成された。加害者に真実を話すことを求め、それに対しては一切の報復はしないとの精神に基づき、1998年、調査結果が国民に公表された。マンデラはデクラークと共に1992年12月にノーベル平和賞を受賞した。

 制度としてのアパルトヘイトは撤廃された。それでも南アフリカではいぜんとして白人と黒人など他の人種間の社会的、経済的格差は縮まっていない。制度的な抑圧が終わった後も、いかに長期間、そこに暮らす人々に悪影響を与え続けるかとの証左だ。

 そして、この作品におけるもう一人のキーマンはジョルダン少佐だ。体制内において彼は反体制側の動向を最もよく知りうる立場にいた。そのため彼は、自らが帰属する体制の崩壊の予兆を真っ先に知っていた。
 ジョルダン少佐が実在の人物かは語られていない。最も体制的な人物が、その体制の崩壊に寄与することがあるとは歴史の皮肉だが、彼が提供した情報は当時のデクラーク大統領の政策転換に大きく貢献したと思える。

 延々と続く無意味な作業、囚人服をはぎ取り、全裸にしてムチで打ち、個人の尊厳を奪っていく。規則を破ると、劣悪な上に、更なる食事制限、そして、手紙のやりとりは半年に一度と制限する。

 かつてナチスドイツは国民が自由に通信しないため、タイプライターの機種を登録させ、紙の消費量を監視し、購入できる切手の枚数を制限した。そんな抑圧のノウハウは、やがて旧東ドイツの秘密警察シュタージに引き継がれた。戦時下、テロリストからの祖国防衛という美名の元、米国もアブクレイブ刑務所で同様の蛮行を繰り返した。

 この国でも同様のことは起こっている。家族の名前を書いた紙を足で踏みつける踏み字を強要され、罪状をねつ造された鹿児島の志布志湾事件。

 人々が歴史の中で勝ち取った人間の尊厳も受け継がれていれば、その尊厳を踏みにじるノウハウも、歴史の闇の中で連綿として受け継がれている。カミソリで切り取られ、穴だらけで、まともに読むこともできない手紙は、ある社会的な立場に落ち込めば、今もすぐそばに存在している。


監督:ビレ・アウグストク
製作:ダヴィド・ヴィヒト、ジャン=リュック・ヴァン・ダム、イラン・ジラール、アンドロ・スタインボーン
製作総指揮:カミ・ナグディ、マイケル・ドゥナエフ、ジミー・ドゥ・ブラバン、スティーヴン・マーゴリス
原作:ジェームズ・グレゴリー、ボブ・グレアム
脚本:グレッグ・ラター
撮影:ロベール・フレース
プロダクションデザイン:トム・ハナム
編集:エルヴェ・シュネイ
音楽:ダリオ・マリアネッリ
キャスト:ジョセフ・ファインズ(ジェームズ・グレゴリー)、デニス・ヘイスバート(ネルソン・マンデラ)、ダイアン・クルーガー(グロリア・グレゴリー)、パトリック・リスター(ジョルダン少佐)ほか

提供・配給:ギャガ・コミュニケーションズ
2007年/仏・独・ベルギー・伊・南ア合作/117分
公式ホームページ

(C) ARSAM INTERNATIONAL,CHOCHANA BANANA FILMS,X-FILME CREATIVE POOL,FONEMA,FUTURE FILM FILM AFRIKA.
2008.05.03掲載
痛いほどきみが好きなのに(The Hottest State)
近距離恋愛(MADE OF HONOR)
movie






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